スピリチュアリズムの思想体系(Ⅰ) <人間観-1>
前回、スピリチュアリズムにの思想体系について学びましたが、今回は思想体系(Ⅰ)の最初のテーマである <人間観>について学習しました。
私たち人間はいったいどのような存在なのか、という私たち自身について学習しました。
これまで哲学や宗教において、人間とは何か人間とはどのような存在なのかということが説かれてきましたが、そのどれもが真実の人間について明確に示すことはできませんでした。
一般的に、人間は肉体と心(精神・意識)から成り立っていると考えられています。
その中でも2つの考え方があります。一つは、肉体と心で成り立っていて、心は脳(物質)が作り出したものだから死とともに肉体と同時に心も消滅するという考えです。
もう一つは、死によって身体は消滅するが心は残っているという考えです。しかし、残った心について明確にはわかってはいません。ただ、心がどこかに存在するという程度ではないでしょうか。
シルバーバーチは、これまで地上の誰も知ることができなかった人間についての事実を明らかにしてくれました。
『シルバーバーチの霊訓』によって、人類は初めて霊的視点から人間についての真実を知ることができました。自分自身について知ることができるようになったのです。
<1>人間の身体の構成
私たち人間は、誰もが見ることができる肉体以外にもう一つ身体を持っています。それは、肉体と同じ大きさ同じ形をした霊体です。「肉体」と「霊体」という2つの身体を持っています。霊体は特別な能力を持った霊能者しか見ることができませんから、ほとんどの人は肉体しか見ていません。この2つの身体は、同じ大きさ同じ形をしていて同じ場所に重なるように存在しています。人間は「霊体」と「肉体」の重複構造(霊的身体と物的身体)になっています。
また、人間は身体だけではなく他の要素も持っています。霊体の中には心が存在します。それが「霊の心(霊的意識)」です。その「霊の心」の中心にあるのが「霊」です。霊体・霊の心・霊という3つの霊的要素を人間は持っています。
一方の肉体にも心のようなものがあります。「肉の心」肉体本能です。肉の心は肉体の維持と種の繁殖を目的とした行為を促します。肉体と肉の心という2つの物質的要素も合わせて持っています。
人間は、3つの霊的要素と2つの物質的要素の5つの要素から成り立っているということです。
そして、霊的要素は物質的要素より本来は上位にあります。これが、摂理にそったあり方です。
まとめると、次のようになります。
①人間は霊体と肉体という2つの身体から構成されている。
②肉体は肉眼(誰でも)で見ることができるが、霊体は霊視能力を持った霊能者でなければ見ることはできない。
③霊体と肉体は、同じ大きさ同じ形をしていて同じ場所に重複して存在している。
④人間は5つの要素(霊・霊の心・霊体の3つの霊的要素と、肉体本能・肉体という2つの物質的要素)から成り立っている。
⑤本来、霊的要素は物質的要素よりも上位にある。
以上が、スピリチュアリズムが明らかにした人間の身体の構成です。
<2>「霊」と「霊の心」について
「霊」と「霊の心」についてもう少し詳しくみていきます。
「霊」は、人間の最も深いところに存在します。人間の本体で、本来の自分ということです。
「霊」は、神から与えらた神の分霊です。神と同じ霊的要素をすべての人間が持っているということになります。ですから、意識するしないに関わらず、私たち人間は神に近づこうとする霊的本性を持っています。
「霊の心」は、先ほどの「霊」の表現器官になります。それは、知情意(知性と感情と意志)で表現されます。
私たち人間にとって「霊」は「霊の心」の中心にあり、最高次元の部分ということになります。
<まとめ>
人間は霊的存在です。神から神の一部を与えられた人間は永遠の霊として存在することになります。
永遠に個別性を持ち、霊的進化の道を歩み続ける存在です。その進化のプロセスの中で神に近づいていくのです。これが、人間の持つ霊的本性です。
また、人間は神の子供であり、神と人間は霊的親子関係にあります。すべての人間は等しく神に分霊を与えられた存在ですので、目に見える肉体や地上的な価値観で人を区別してはいけないということです。
そして、全人類は神を共通の親とする霊的兄弟姉妹であり霊的一大家族です。
シルバーバーチの明かしてくれた人間観は、驚く内容でした。
人間の本体(本質)は「霊」であって、それは神から神の一部を与えれた「分霊」であるということです。
キリスト教が説く創造論には、「霊」という最も大切なものが抜け落ちています。
神が人間にご自分の一部を与えられた事実に、神の無限の愛を感じることができます。
私たちは神の愛によって、誕生したのです。
すべての人は、同じ霊的親を持つ霊的家族なのです。
神の願いは、地上人類が霊的一大家族として生きることです。
それはイエスの願いでもあり、そのために今イエスは地上次元で一人一人に働きかけているのです。
<参考>
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