地上の宗教とスピリチュアリズムの違い
(間違った宗教と正しい宗教)
シルバーバーチは、“地上の宗教はすべて間違っている” “人類は長い間道を見失ってきた”と言っています。それはなぜか。本来、私たちを導くはずだった宗教家や宗教指導者たちが霊的無知だったからです。そのため、地上の宗教はことごとく間違っているのです。
シルバーバーチが説く正しい宗教とは、霊界でのたった一つの宗教(スピリチュアリズム)のことです。
地上の宗教とシルバーバーチの説く霊界のたった一つの宗教(スピリチュアリズム)を比較すると、その大きな違いがみえてきます。
宗教の内容を大きく3つにわけると、教義・組織・伝道になります。
教義とは、信仰の基本となる教え(説く内容)のことです
地上の宗教では、まず信じれば救われると説いています。自分を救ってくれるのは神あるいは宗教の教祖などです。信仰者は神や教祖に救ってもらうと思い、神や教祖にすがるようになります。
また、罪の償いも同じように許してもらおうと神や教祖に願います。キリスト教では、すべての人間が生まれながらに持つ原罪をイエスが磔刑に処せられることで、人間の罪を背負ってくれた(肩代わり)とします。イエスの犠牲により人間の罪は償われ救われたというのです。
次に信仰対象ですが、多岐にわたります。まず神といっても実にさまざまな神が存在しています。宗教の数だけさまざまな神が存在しているのです。神以外にも、宗教の開祖や預言者、神の使いである高級霊や使いとされる動物なども信仰対象になっています。
そして、教祖が存在います。キリスト教ではイエスであり、仏教では釈迦というように教祖が説く教えがその宗教の教義となっています。
スピリチュアリズムでは、どうでしょうか。
まず、信じるだけでは救われません。知識を得たらそれを実生活で実践する努力が必要になります。そして自分の罪(摂理違反)は自分で償います。因果律の法則によって自動的に償いの道が展開していきます。これで自分の蒔いた種は必ず自分が刈取るようになるのです。
続いて信仰対象ですが、信仰対象は神(神の摂理)のみです。シルバーバーチは、霊界の使い(高級霊)や霊媒を崇拝することは間違っていると言います。当然、教祖という存在はいません。スピリチュアリズムの教義とは、霊界からの教訓・教え・真理のことです。
組織とは、宗教を拡大させるための集まり(集団)のことです
地上の宗教にとって効率的に教えを広めるためには組織が必要です。信者を増やすための活動拠点となるのです。
組織拡大・信者獲得に貢献することは、組織に信仰者として認められ組織への忠誠心として評価されます。このように、地上の宗教は組織(宗教団体)によって布教します。だから組織が大きければ大きいほど安心し信用しますが、それは根拠のないものです。大きな組織、特別な衣装を身に付けた人間、立派な建物、仰々しい儀式など、すべては物質中心なのです。
スピリチュアリズムにとっては、組織は不要です。
なぜなら、一人ひとりが霊的真理を実践して変わっていくことが目標だからです。実践こそが神への忠誠であり、地上世界への神の顕現なのです。組織はありませんが、霊的意識維持やお互いの霊的成長のための小規模サークルは必要です。常に、神と霊界に意識を向ける霊中心の集まりです。
伝道とは、教え(真理)普及のことです
地上の宗教にとって伝道の目的は、組織の拡大(信者を増やす)ことです。信者(地上の人間)が新たな信者を連れてくるのです。その伝道の対象は誰でもいいのです。誰かを入信させることができれば、信仰心の深さ、熱心さと組織から評価されるのです。 そのため、教えを広めようと説得するような伝道になり、不自然な摂理から外れた伝道となります。それは、相手を急激に変心させることになり、理性で判断させないような状態を作り出します。
スピリチュアリズムにとっての伝道は、霊的真理の実践者を増やすことが目的です。摂理に沿った生き方をする人を一人でも増やすことが目的です。それは、時期のきた人(霊的準備の整った人)が対象になります。そこには、霊界の人々のさまざまな配慮と導きがあります。すべては霊界が時間をかけて導きます。このように霊界側の準備による伝道の相手の霊的成長による自然な摂理にかなった伝道となり、最終的には本人の理性で判断するように仕向けます。
そして、真理を伝道する地上のスピリチュアリスト(地上人)は、霊界の補佐・道具でしかありません。
地上の宗教とスピリチュアリズムには、これだけの違いだけではありません。
さらに深く教えの内容を比較すると、理性が納得するのはどちらかは明らかです。
※参考:スピリチュアリズム普及会 第1公式サイト
『シルバーバーチの霊訓』とは> 『シルバーバーチの霊訓』の画期的な通信内容 11.『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「宗教観」 ⇒ 12.『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「信仰観」 ⇒
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